2007年11月18日日曜日

箱根家族旅行1日目

2泊3日で箱根に家族旅行をした。2年くらい前に(冬の)沖縄に行って以来だろうか。今回は母の還暦祝いを兼ねて。それぞれ東京やら長野やら離れて暮らしているので、小田急線の町田駅で待ち合わせ。ロマンスカーでスタートだ。

箱根湯本から、登山鉄道で箱根の山をひたすら上る。結構長いこと小田急線ユーザーだったが、登山鉄道に乗るのは初めて。窓際に立ち、Rの小さいカーブをくるくると回る後尾部分を眺める。あからさまな狭軌なので怖い(笑)

山の上に上がり、豆腐・山芋料理の「知客茶屋」でコースを食べて昼食。山かけ御飯や豆腐ステーキなど。今回の旅行は姉のチョイスで、奇をてらわず直球勝負(?)でメジャーどころを回る。

午後はバスに乗って箱根内を移動し、彫刻の森美術館へ。いわずもがなの屋外型美術館だが、あいにくの曇天でやや寒い。落ち着いて見ていられない。それでも、円柱形のタワーは外壁のステンドグラスがきれい。


個人的には、地面に倒れ込む男の彫刻が何気に好きだ。股間に何かが見えるけれどね。


カフェで温かいコーヒーを飲んで休憩。窓の外を見ると、みんな足湯(美術館なのに!)に入っていてちょっとウケた。



芦ノ湖畔へ移動し、宿からの送迎車に乗り込む。

旅館は湖を望む「和心亭豊月」。今回は二晩ともここに泊まり、ゆっくり箱根を楽しむつもりだ。
畳の部屋に加え、次の間には掘りごたつを設えてある。母の還暦祝いと知って、手紙付きの果物盛り合わせを部屋に届けてくれた。心遣いもすばらしい旅館。
写真は廊下の突き当たり。部屋の入り口から趣を楽しめる。夕食も満足だったが、悪い癖が出て温泉に入らずそのまま寝てしまった。

2007年11月17日土曜日

箱根家族旅行2日目

2日目はひたすら箱根周遊。

朝8時すぎに出発し、「海賊船」で芦ノ湖の対岸に渡る。僕はすごく船酔いしやすいんだけど、さすがに海賊船では酔わなかった。










続いてロープウェイで大涌谷へ。ゴンドラから下を見ると、観光道路は渋滞気味。感心しながら下りると、この山の上によくこれだけ、と思うほどの人込みだった。
ロープウェイ乗り場で、一人旅らしい女の人がぬいぐるみを写し込んで写真撮影をしていた。「ぬいぐるみの○○ちゃんが行く箱根旅行記」みたいなブログを書くのだろうか?
大涌谷。確かに大量の水蒸気が吹き上がっておりなかなかの壮観だ。 母はこの大涌谷によく分からない思い入れがあるらしく、妙に喜んでいた。「箱根って言えばみんな大涌谷と言うし」だそうだ。

温泉でゆでたため殻が変色した「黒玉子」を買って食べた。黒玉子屋さんの前も御覧のにぎわい。

中身は普通のゆで卵。もちろん味も普通のだがおいしい。







午後はガラス美術館へ。建物の中だけでなく外の木々にまでガラスの装飾が…。中のカフェで昼食を食べた。今日もどうも天気が悪いな。

2007年11月16日金曜日

箱根家族旅行3日目

昨夜も酔っぱらって、温泉に入らず寝てしまった(笑)。でも、明け方4時半くらいに目が覚めた。きりっと冷え込んだ外へ出て、徐々に明けゆく日の出の露天風呂をいただきました。二泊三日で温泉は一回だけだったけど満足。

部屋に戻ると、芦ノ湖畔も明るくなり始めていた。
今日も朝ごはんをしっかり食べて出発。今回は食事の写真をあまり撮っていないんだよな。一応朝食風景を載せておきましょう。携帯カメラだけど。

2007年11月4日日曜日

巨大なジオラマみたいなもの

木曽の王滝村に出かけたところ、「森林 鉄道フェスティバル」というのをやっていた。山から伐採した材木を運び出す「運材列車」のデモンストレーションがあり、写真あるいは列車マニアに交じって撮影してみた。

木曽郡、特に王滝村はヒノキの産地として江戸時代から栄えたところ。近年は過疎化が進み、財政難も指摘されている。

肝心の列車だが、運動公園の周りに、400mの線路が復元されており、そこを本物のディーゼルカーが丸太を引っ張って運ぶという趣向だ。リアルに線路ごと昔の風景を再現してみました、って感じ。
よくやるなあと思う。
しかもそのメンバーが、地元ではなく横浜などに住んでいる人たちというのがさらにすごい。

2007年11月1日木曜日

とうじそば

信州と言えば「そば」、という人も多いのではないだろうか。その中でもやや異色の「とうじそば」を食べた。松本市奈川の山の中にある店だ。

注文すると、ゆでて水にさらした普通のざるそば風のものが出てくる。これを一かたまりずつ手籠に入れ、キノコや肉、山菜などを煮立てたしょうゆ味の汁に浸けて食べる。汁に「投じる」からとうじそば、という説明を受けた。出汁は濃く、温かい。寒い季節に良さそうだ。気取らずにずるずると食べる種類の料理である。

ところで、僕は子どものころそばが嫌いだった。アレルギーではなく、味が好きになれなかったのだ。年越しそばだって渋々食べていたくらいである。それがいつの間にか、ラーメンよりもうどんよりも好きかもしれない、という状態になった。信州では戸隠に食べに行くこともあるし、東京にいた時も「神田まつや」やら「やぶそば」やらを訪れた。人間の好みなんて分からないものだ。