
朝になっても状況は好転しなかった。7時くらいまで待って相方を起こし、「ごめん、もう限界」と訴える。
半日観光ツアーはキャンセル。相方がホテルのロビーで歯医者の場所を聞くが、返事は「薬局で薬を買えばいい」。 ちょっとむっとする。
そこで、旅行用傷害保険のしおりを見て保険会社に電話し、歯医者を探してもらう。その時点でようやく、実はマドリッドで当日の歯科予約を取ることは極めて困難だということを知った。ホテルのフロントマンの対応もそのせいかもしれない。
でも後8日間このままというのは絶対無理。保険会社にもう少し頑張ってもらう。返事の電話を待ちながら、コンビニで買ってきてもらったコーヒープリンを食べて気を紛らわす。歯が痛いのにプリンか?と言われそうだが、患部はほとんど下顎骨に近い歯根部。「歯にしみる」というのではなく、「骨にじんじん響く」感じの痛さだ。噛んで衝撃を与えない限り、何を食べても同じ。
正午前に待望の連絡があった。「午後0時半から一軒空いてます」。時間がない。通りに出てタクシーを捕まえ、メモの住所を見せて急行した。

歯医者の入居するビル。何かゴージャスな建物だな…。
感心する間もなく、次なる困難が待ち構えていた。受付嬢が、あなたの予約なんて入ってませんよ、というような態度を示すのだ。しかも全く英語が通じない。片言どころか、todayとかtomorrowとかその程度の単語もだめ。スペイン人は基本的に英語を使わないと聞いていたが本当らしい。
いくらかスペイン語が分かる相方が身ぶり手ぶりを交えてやりとりしていると、受付嬢はモニター上の予約表を指差し「ManaÑa」と…。マニアーナ?たしか明日という意味だ。つまり予約は明日だと?
明日はもうグラナダに行くんだけどな。まいったな。
豊かな体格の受付嬢とお互いに困っていると、ナイスミドルという表現がぴったりのドクターが通りかかった。どことなくカルロス・ゴーンに似ている。
彼は右手を差し出すと、やおら英語で話し掛けてきた。やった。英語に関しても僕より相方の方が得意なので(笑)、痛みがひどいこと、マドリッドにいるのは今日だけだということを説明してもらう。僕はただうなずき、医師にhave pain? と確認された時だけ、ベリーハード、と力強く答えた。

熱意が伝わったのか、ゴーン先生が好意により予約なしで治療してくれることになった。過去に虫歯を治療したところが細菌感染していたらしく、奥歯を1本抜くと宣告されたが、それで痛みが収まるのならOK。先生は麻酔注射を口内に2本打ち、「No pain, are you happy?」と言って笑った。こちらも笑うしかない。
無事抜歯。痛み止めと抗生物質をもらい、150ユーロを支払って意気揚々と医院を出た。保険非適用なので、抜歯と薬代合わせた金額としては安いのではないか。
そういえば、帰り際にゴーン氏に「抜いた歯を持って帰れるようにプラスチックで固めてあげるからちょっと待ってて」と言われたが、事情を知らない受付嬢が「早く帰りなさい」とせかしてくる。スペイン語でうまく説明できず、泣く泣く持ち帰りをあきらめた。

歯医者を出て、その足で市内巡りに。どこまで行っても石造りの街並みをてくてくと歩く。
さすが首都らしく都会的な風景。
麻酔で左頬がしびれているが、先ほどまでの苦痛を考えるとまさに夢のようだ。

蛇腹式バス(と勝手に名付ける)。
2台分の長さで、よく角を曲がれるものだ。バスに乗っている人は割と多かった。

世界3大美術館の一つに数えられるプラド美術館へ。残り2つはエルミタージュとルーブルだっけ?後で確認すると、メトロポリタンを入れるとか、緒論あるらしい。
同じような絵がたくさん並んでいて(すみません)、正直食傷気味。
常設展のほかに、レンブラント展をやっていた。これはラッキー、と思ったが、ワタクシですら知っている「夜警」は展示されていなかった。それだけが心残り。

一通り見終わり、感じのよい館内のカフェで休憩。
僕はミネラルウォーターを飲む。炭酸入り(con gas)と炭酸なし(sin gas)があり、どちらも同じ値段。炭酸入りの方が断然好きだ。 ヴィッチーカタランというバルセロナ産品だが、スペイン全土で見かける。少し塩気が効いていて、この日はレモンが入っていたせいもあり、すごくおいしく感じた。
相方はサンドイッチとミルクコーヒー(cafe con lecheと言うん だっけ)を頼んでいた。

夕方、カールトンホテルに戻る。初めてホテルの外観を眺める余裕ができた。昨夜から今朝にかけてはそれどころではなかったからなあ。正直なところ、今朝とは世界がまるで違って見える。
マドリッドのターミナル駅であるアトーチャ駅の近くにあり、なかなか便利な場所だ。プラドを始め、王立植物園や海軍博物館などにも歩いていくことができる。
まだご飯を食べる状況でもないので、薬を飲んでベッドに潜り込む。
相方は、昨日ヒースローからバラハスの飛行機内で僕が食べなかったサンドイッチを食べて夕食を済ませていた。スペインくんだりまで来て、僕のせいで申しわけないことです。

まあ、相方のメインはグラナダ巡りだからな。「もしグラナダで歯が痛いとか言い出したら、多分ホテルに置いていった」とブラックな冗談を述べておりました。
ちなみにホテルの階段を4階あたりから見下ろす。すごいらせんだ。